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第3回 カノン(Canon)について

ゴルトベルク変奏曲にはカノンがたくさん出てきます。

「カノン」という語は、ギリシャ語の「規則」に由来しています。音楽としては、12世紀頃に現れた声楽曲から発展していきました。声楽の場合、複数の人で複数の声部を担当します。たとえば2声部の場合、1人がある旋律を歌い始めると、もう1人も遅れて同じ旋律を歌い始めます。旋律を模倣して曲を形作っていきますが、これを全面的に用いた曲のことをカノンと言います。

 旋律がずれていても、調和が保たれながら音楽が進行していくように作曲するのは難しいことです。特に、どのような旋律にするかに重きが置かれます。なぜならば、その旋律いかんで、音楽を発展させることができるかどうかが決まってくるからです。ゆえに、作曲を学ぶ人は習熟すべき技法のひとつです。バッハの活躍したバロック時代には、カノンは作曲の主要技法のひとつとして発展し、バッハもこれを得意としていました。

 ヨハン・パッヘルベル(1653~1706)のカノンもこの時代の有名なカノンのひとつです。パッヘルベルは、バッハの兄ヨハン・クリストフ・バッハ(1671~1721)を教えたこともありました。

 日本で一番よく知られているカノンは、カエルの歌でしょう。最初の人がドレミファミレド~と歌うと、次にもう1人もドレミファミレド~と模倣して追いかけます。この時に最初の人はミファソラソファミ~と歌います。ここに調和がとれていないと音楽が成立しません。

 ドレミファミレド~に対して、もう1人がドレミファミレド~と同じ音から追いかけるカノンのことを「1度(同度)のカノン」といいます。

では、ゴルトベルク変奏曲のカノンはどうでしょうか。

 ゴルトベルク変奏曲には第3変奏、第6変奏…という風に3の倍数の番号にカノンが登場します。カノンは全部で9曲あります。

 第3変奏は、旋律がシ~ドレドレミと始まると、もう一方がシ~ドレドレミと追いかける1度のカノンです(譜例1参照)。これらをソファミレシドレソの低音主題(第2回ゴルトベルク変奏曲の全景参照)を元にした音型が支えています。

●譜例1

 曲頭には、第3変奏 同度のカノン 1段鍵盤 と表示があります。第3変奏の右手の旋律を分けて書きだしてみるとこうなります(譜例2参照)。

●譜例2

 私にとってはこの変奏曲は非常に弾き難い曲の1つです。右手だけで2声のカノンを弾くのも至難ですが、そこに左手の細やかな動きが加わるので3声を同時に聴きながら弾く「耳」と「指」が求められます。第6変奏は、ソ~ファミレドと始まると、ラ~ソファミレと追いかけます。始まる音が1つ上(2度上という)からになります。これを「2度のカノン」といいます。調和を保つのが難しいので、旋律の設定がとても難しくなります(譜例3参照)。

●譜例3

 第9変奏は、シラシドと始まると、ソファソラと3つ下の音から追いかけます。これは「3度のカノン」。ますます作曲するのが難しい!(譜例4参照)

●譜例4

 第12変奏は、ソファソーラシドシラソと始まると、レミレードシラシドレと、4つ下の音から追いかけます。ソファソと1つ下がって1つ上がる音型だったのに対し、追いかける方はレミレと1つ上がって1つ下がる音型になっています。これを「反行カノン」と言います。ますます難しい!(譜例5参照)

●譜例5

 第15変奏でも、5度の反行カノンになっています(譜例6参照)。

●譜例6

以降、カノンが登場する度に6度、7度と拡がって行き作曲するのも演奏するのも難しくなります。

 そして本来なら第30変奏が10度のカノンになるはずですが、バッハはあえてそれを回避しました。クォドリベットという、2つの異なる旋律を重ね合わせて遊ぶ音楽にしたのです。それは「長い間会わなかったな、さあおいで」と「キャベツとカブに追い出された。母さんが肉でも出してくれたらもっと長居したのになあ」という歌詞ではじまる2つの民謡からなっています。

 同じ旋律を追いかけるだけでも、作曲するのは難しいのに、全く異なる旋律を組み合わせて調和を作り出しています。しかも、この旋律の組み合わせにソフェミレシドレソの低音主題がしっかりと支えています。この曲を演奏するたびに、バッハの作曲技法の粋に身震いするほど感動します(譜例7参照)。

●譜例7

(冒頭のアリアに)長い間会わかったのは、キャベツとカブ(それまでの29の変奏のこと)に追い出さていたからであり、「ようやく再びここで会えましたね!」というユーモアを交えて30の変奏が閉じられます。

 ゴルトベルク変奏曲全体に張り巡らされた9つのカノンとクオドリベット。 バッハは、作曲に精通した人がみたら感嘆するような作曲技法をこれらの変奏で示したかったように思います。

髙橋 望

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